まちぽん!

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ちょっとしたお話

「…」

夜も更けた深い時間、公園の雑木林にスーツ姿の若い男が佇む。

「…」

男の前には木に括られた縄が、この世の出口のように円を描いて待っている。

「…はぁ」

男はひとつ溜め息をついた後、何かの覚悟を決めた。

一歩を、踏み出した。

「おい」

「?!」

突然の声に驚き、振り向いた。

いつの間にか背丈の低い女性がいた。暗くてよく見えないが、どうやら睨んでいる。

男の驚きも止まぬうちに、目を見据えて言い放った。

「あたしの見てないところで死ね」

そう言うと、女はマッチに火をつけ、煙草を吸い始めた。

「…喫煙所、向こうにありますよ。」

「灰皿は持ってる。心配すんな。」

そうじゃない。と思いつつ、男は続ける。

「いえ…あの、そこに居られると…」

「なに?」

追い払おうとするが、理由が見つからない。

はぁ、と溜め息を漏らし、諦めたように男は言う。

「…わかりました。すいません。場所を変えます。」

「おい、お前のだろ。縄、片付けろよ。」

「…じゃあ、カタつけますから、どこかいって下さい。」

「おお、面白いこと言うね。」

感心したかのような女に苛立ったが、女は気にもとめず煙を燻らせる。

「…もう、いい加減ほっといてください。」

「あたしはここで煙草吸ってるだけだ。しらん。」

「じゃあ、僕もここで死にます。」

「あたしの見てないところで死ねっつってんだろ。」

「あなたには関係ないじゃないですか!」

「見たから無関係じゃなくなったんだよ。」

「だったら…」

吐きそうになった思いを飲み込んだ男は、俯き、立ち尽くした。

沈黙の中、夜の雑木林で、煙草の火だけが揺らめいている。

女は煙草の火を消し、携帯灰皿に捨てた。

「なに?」

「…なんでもないです。じゃあ、場所変えます…

 迷惑、かけて…すいませんでした…」

力なく謝る男に、女は小首を傾げた。

「なんで?迷惑はかかってねーよ?」

帰ってきた言葉が意外だったのか、男は少し驚いたように返す。

「い、いや、邪魔をしてしまい…」

「そりゃお互い様だろ。謝んじゃねーよ。
 なんだ、じゃああたしも謝ればいいのか?」

「そんなつもりは…」

「ごめハラだぞ。ごめハラ。」

「なんですか、それ。」

「ごめんなさいハラスメントだよ!」

「ええ…いや、それは無理矢理ですよ。」

「お前みたいなやつはな、謝りすぎと気にしすぎなんだよ。
 こんなタイミングでこんな女に絡まれたら普通のやつは犯して捨ててから死ぬもんだぞ。」

「それは普通じゃないと思います…」

「あたしに魅力がないって?!」

何故か凄む女に、頭を抱えた男がつい漏らす。

「…面倒臭い…」

「なんだとこのやろう」

「あっ…すいません!」

「謝んなって言っただろ!」

「すい…」

「よし、次謝ったらビンタする。」

「なんでですか?!」

「『悪いのに謝らない』と『悪くないのに謝る』は同罪だからな。」

勢いかもしれないが、男はなんとなく合点がいったようである。

「…」

「なんだ、思い当たる節でもあんのか?」

「いえ…」

少し考えた後、顔を上げた男は、暗くもスッキリしたような気がする。

「なんとなくですけど…死ぬ気がちょっとなくなりました。」

「なんで?」

「わかりません。」

「そうか。よかったな。」

「いえ、多分、よくないです。」

「そうだな。死ぬより辛いからな。生きんの。」

男は自虐的な嘲笑を浮かべながら、そうですね、と同意した。

この後、男は女に年齢を聞いてしまい理不尽にビンタされたが、死にたいとは思っていない。
「この女性は行き遅れている」と、その時に感じ取ったらしい。

「じゃあ…明日も仕事なんで、帰ります。」

「ああ、あたしもタバコ切れたし帰る。…あ。」

ふと女が目をやった先には、使わなかったこの世の出口があった。

「アレ、片づけていけよ。」

「いえ…死ぬのはいつでも死ねるので、それを支えにして…もう少しがんばってみます。
 戒めのような、救いのようなものです。」

「お前、結構変な奴だな。」

呆れたような女の表情は、どこか嬉しそうだ。

「変ですけど…こんな形の理由でもいいかなって思います。」

「まあな。ダメになるまで好きにやってみろ。
 その時はまた煙草吸いに来るわ。」

「変なのはお互い様ですね。」

「でも、使わなくていいようになったら持って帰れよ。」

「はい。あの、お名前を聞いても…?」

「年齢より先に聞け。アホ。」

そう言いながら、振り向き、男に背を向けた。

「ディクストラル。」

「ディクストラル…さん。今日は…わざわざ…あの…」

「ああ、最後にもう一つ。」

「え?」

「『ごめんなさい』より『ありがとう』の方がいいな。」

「…はい。ありがとうございました。」


二人は別れ、夜が明ける。

またいつもの日常が始まった。

いつも通りの喫煙所に入り浸る赤い髪の女と、黒い髪の男。

「ところでさ。」

「ん?」

いつもの男が指さしたのは、昨晩の雑木林の中である。

「あの林の中。なんか見えない?」

「何が?」

「アレ。ここからだとギリギリ見えるぐらいなんだけど…なんか、不吉な縄。
 景観を損ねるんだけど…怖いよ。」

「あれはな…」

言葉に困った女は、少し考えた後に言った。

「約束…かなぁ…」

「…?…まぁ、いいけど…」